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私達の学び 目からウロコの内容

メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

『霊と心を浄め、正守護神の霊力を強くし・・・』という御垂示を実践した報告 2015年御降臨祭楳木代表挨拶③

『霊と心を浄め、正守護神の霊力を強くし・・・』という御垂示を実践した報告

 本日御報告いただいた方々は、メシヤ様が『何故なら皆は霊と心を浄め、正守護神の霊力を強くして、邪神の頭目と闘って勝たねば天国人となるのは出来ないからである。』ということでありますので、本日報告いただいた方はこの一文にかかっている訳です。それが共通して本日発表していただいた方々からの、我々の学びであります。

 最初に報告いただいたO.Tさんは残念ながら片方の腎臓を摘出しなければいけないことになりましたが、当時お世話をしてくださっていたスタッフは純粋にメシヤ様を求めて浄霊にすがって乗り越えようと寄り添ってくださっておりますけれども、その上司の議長が「手術した方が良い」と親に話す訳ですので、これが実は『最上級の詐欺』の影響を受けた内容であります。

 イエス・キリストは二千年前余に生まれて、キリスト教は弟子達が練り合い練り合いしながら作り上げました。練り合って行く間に・・・実はイエス・キリストが日本に来て『浄霊力』を授かって、そして「最後の晩餐」に出られた弟子だけに『浄霊力』を授けて、そして、その浄霊の奇蹟によってキリスト教はズーッと広まりました。

 しかし「最後の晩餐」に出た方以外が『浄霊力』を授かるということはキリスト教の世界ではない訳であります。

 それを私達はメシヤ様から『浄霊力』を授かっているわけですので、人類史上の中で大変有難いことである訳です。

 そして、奇蹟をイエス・キリストは起こして行ったのですが、その跡を継いだ弟子達が、少しずつ本来の教えを曲げて行った訳です。ですから『クライスト教と善悪』を見つめた時には私達メシヤ様の弟子たちも、自分を含めて“少しずつ教えを改竄(かいざん)していく方向に動く可能性がある”という訳です。これを食い止めるために、この御論文があると受け止めなければいけないと思います。

 ここだけの話ですが、O.Tさんにも非常に辛い話ですが・・・(以下割愛)唯一残っておられるのがO.Tさんです。それは徹底して浄霊をしてきたからであります。そのスタッフとご家族のお蔭で今日まで命を繋ぐことが許されている訳であります。命を許された人間O.Tさんは最後に“魂を磨いて・・・”とまとめましたが、この魂の磨き方が世界救世(きゅうせい)教は献金とか参拝とか浄霊ということに特化してしまったために、信者さん達が真実の幸せになっていかなかった訳です。

 これはどういうことかといいますと、人類が長い間苦労してきた、取り分け日本人が苦労してきた内容と言うのは、真理が隠されていたからであります。三千年前に伊都能売神皇様が素戔嗚尊の攻撃によって自分の座を退いてインドに降って行かれて仏教をおつくりになりました。その理由に併せて仏教が何故日本に定着したかという理由を、メシヤ様の御教え無くして知り得ることは出来ません。

 私達がメシヤ様と御神縁をいただいた最大の恩恵は浄霊力を授かるということですが、三千年来隠されていた真理を知ることが出来るということなのです。これが真理を得る最大な幸せな訳です。

 そして、そのことを教えてくださったメシヤ様は人々を救うためにどのように進めてきたかたと言いますと、これは『利他愛』というのは非常に分かりやすいです。それから『即時性』・・・何事も直ぐにやらないといけない。これも非常に分かりやすいです。しかし唯一課題となっているのは合理性です。メシヤ様は合理性を追求していかれたにも拘わらず、先程の高橋さんの発表で言いますと「スマホでいろいろ調べて、病気に関していろいろ調べてみたらどうか」と指示したのがその当時の世話をしている専従者のトップでありますので、ここに合理性があるかというと、全く『合理性が無い訳であります。

 専従者が合理性を磨くためにやらなければいけない事は、社会的な学びとそれを実践してみるということです。このことを世界救世(きゅうせい)教の専従者は疎かにしてきたために、信者の皆様方を救って幸せにしていくということが出来なかった訳です。

『筋が通らなければ愛にはなりませんよ』

 「直ぐにやるのだよ」というのは非常に言いやすい。「あなた自分のことより人様のことを大事にしていかなければいけないよ」というのは言いやすいのですが、「この問題についてはどうしたら良いか、どのように受け止めてどのように対処したらよいか」ということがメシヤ様がズーっと積み上げてきた合理性です。ですから『神様は愛ですが、筋が通らなければ愛にはなりませんよ』と仰っているのは、そういうことである訳です。

 そのことが実は最も大切であるに拘わらず、「メシヤ様を求める」とか言いながら疎かにしてきたということがO.Tさん高橋さんの発表から浮かび上がってくる問題であります。これからはこうしたことを更に私も学びを深めていきますし、各支部責任者の方々、出張所の責任者の方々、集会所の責任者の方々、共々に学びを進めさせていきながら、人々の悩みを救済して行くという具体的なあり方をこれからも研鑽しつつ、それを広めて行くような、そうした取り組みをさせていただきたいと思います。

 そういうことをさせていただこうと考えたときに、もう一度高橋さんの報告の内容を考えていくといづのめ教団というところが、大変アバウトな指導をしているために、信者さん方は増えてはいるのですが、徹底的に救われていくというところを見い出せずにいるところがあります。それは先程から申し上げているように『合理性』というところを追求して行っていないためであります。

 先程菅谷さんが報告してくださったように韓国から今日、盧(の)さんご兄弟が関わった際の話しも大変なものがありますが・・・(内容は割愛します)。

 そうした人達の元で指導が作り上げられてきたということを、私達はそろそろ明確に認識しておかなければいけないと思います。それから東方之光教団にO.Tさんは所属しておりましたが、そこは何事に対しても“一体何か”という追求が非常に弱いところであります。東方之光というのは西洋の神殿はほとんど東を向いていると言われているのですが、それは将来東方から救世主が現れてその光によって救われるとの考えからとも言われています。

 ですから「東方之光という名称とは西洋の教団なら東方之光でも相応しいのですが、日本にいる人間に東方之光と言った場合は“日本の東とは何か”となって非常に不明瞭な論理建てしか出来なくなってくるということであります。」ということを宗教評論家から私は指摘を受けたことがあります。

 (挨拶では取り上げませんでしたが、指摘にはもう一つあり、「教団改革を謳っていますが、改革を進めて効果があるのですか?理解できる教団人がどれ程いるのですか?そこへ力を注ぐよりも世の中の識者に教祖の卓抜した教えを伝えた方が地上天国建設に繋がるのではないでしょうか。」との話しには愕然とするものがありました。しかしながら、せっかくメシヤ様と御神縁をいただいた方々が本来の在り方を知らないのは不幸でありますので、働きかけは続けなければならないと考えています。)
2015年御降臨祭挨拶


2016年1月の御教えは
『文明の創造』『天国の福音書』序文「救世(メシヤ)教とは何ぞや」380ページです
<学び>
「神様は愛ですが、筋が通らなければ愛にはなりませんよ」・・・
何事も合理性を持って進めさせていただかなくては。
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タグ:合理性

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