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メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

「教導師第三位」の資格をゆるされて      2016年竣成記念大祭②

資格を許されて

岡山支部 原田穣


皆様、本部御神体御奉斎記念、新本部竣成記念大祭、誠におめでとうございます。

岡山支部の原田です。「教導師第三位」の資格審査の規格に達しましたので代表の面接審査を経て今日を迎えました。この資格ということについて、以前所属していた「○○○○教団」では専従者の推薦で「助師」の資格試験が受けられましたが、それは筆記試験と面接によるものでした。その他に「教師」や「教師補」という資格がありますが、それは教団専従者以外は受けられませんでした。

私はずいぶん前に、その試験をパスして「助師」という資格をいただいていたわけですが、それが最近では、「教師補」や「助師」といった資格は、分院であればお金を出せばいただけるそうであります。ある意味、誰でもいただける資格になっているようです。それに比べてメシヤ教の資格基準は非常に高いと、始めて代表から話を聞いた時感じておりました。

そうした意味で、この度、この資格をいただき、新たな気持ちで岡山支部の支部長として御神業を担わせていただきますが、そうしたことの決意と共に、過去を振り返って少し自らの歩みを整理させていただきましたので、家内の体験報告と重なる部分も多々ありますが、その内容を簡単に報告させていただきます。



以前の所属教団での歩み

私は信仰二世として、「お光」は小さい時から掛けておりまして、両親は信徒として瑞雲教会に所属していて私自身、親に連れられて支部月次祭へ参拝したり、時々学錬に参加するという程度でした。そうした私が活動らしい活動を始めたのは、22歳の頃、青年会へ誘われたのがきっかけでした。そしてその後、学生の世話をはじめ代表世話人として活動しておりまして、その後、青年会で知り合った妻と結婚し、代表世話人やさらに布教員として教団方針に沿って、教団や専従者の言葉には何の疑問も持たず活動しておりました。しかし、浄霊で証しが出なくて浄化が長引いている方を長期浄化者と呼び、当時は明主様と呼んでおりましたが、明主様の御力はこの程度のものなのかと、この程度で地上天国建設を進めていけるのかという懐疑というか疑問は人のお世話を通して感じておりました。また、この当時は「天国の礎」とか「景仰」と言った程度の研鑽資料しかなく、それを学びつつ活動の糧にしていました。

そうしたところ、30歳を過ぎて体調を崩し体の不調から会社勤めを辞め、平成元年に自営業をはじめると共に、その時から毎月の箱根本山参拝を決意して以来、約15年間参拝を許されてきました。この15年間の本山参拝によって数々の御守護もいただきましたが、その内容についてこの度は割愛させていただきますが、この営みを通して、教団方針とか専従者の言葉などに関係なく、メシヤ様との霊線が太くなれば御守護をいただける、我々の姿勢一つでご守護はいただけるものだということを学ばせていただきました。

私が自営業として独立する数年前より、世界救世教は3派に分裂し、内部紛争を繰り返していましたが、岡山の場合は余り波風が立たず、結局、川合さんを中心とした再建派に、現在の○○○○教団 、俗に言うM○○の所属になりました。その頃は分裂の真意も分らないまま、所属している教団や専従者の言うことが正しいんだと思い、信じて言われたことをしておりました。

具体的には、○○○○教団の様子を知らない方々にはちょっと分りづらいことではありますが、外へ向かって活動する拠点である「ブランチ」を発会するように言われれば発会し、次は「小浄院」そして次は「お光拝受小浄院」として常に地域の「モデル的」「中心的」な活動をしておりました。

そして教団は平成7年に、内部組織の一つとしてM○○青年会議を発足させましたが、私はその青年会議の評議員となり、岡山県では県の青年会議委員長を務め、青年の人材育成と浄霊の研鑽に努めると共に、岡山浄院設立実行委員長という役も担い、専従者の言われたことに素直に応じて、まるで操り人形のように教団方針そのままの活動をしておりました。

また、昭和10年の御教えに「分院」に関するものがありますが、教団はその後その御教えを活用して「分院構想」を掲げ・・・これは現在も○○○○教団では継続されていますが、その「分院」に・・・岡山県では最初に認定され、約100世帯程度の信者のお世話と共に、浄院の設立や設立できた浄院を中心にして活動をしておりました。そして、浄化者を浄院や療院へ案内しておりました。そこでは、医師の指示に従って薬を飲ませながら浄霊したり、或いは手術を受けるように勧め、その手術後に浄霊に取り組むというあり方で、メシヤ様の御教えとは随分違ったものがありました。

そうした活動を「社会性」という言葉と共に、その時々の「御経綸」と謳って活動を進めていた教団ですが、それを実行に移すための拠り所として、メシヤ様の御教えを抜粋して、その活動に対して都合のいいところだけを掲載した小冊子を沢山作り、それを信者に配布しつつ活動を進めておりました。ですから、“自分達のやっていることは間違いない”と思わされていたものですから、ただひたすら教団方針に従って、専従者の言葉を信用し言われたことを聞き入れて活動をしておりました。

しかし、そうした教団活動の中枢を担っていると、矛盾点も多く、専従者の体質や教団内部のことなど色々と耳に入ってきますし、活動中心ですから当然信者同士、信者間の人間関係はギクシャクしてきます。

そうした内容を一つ一つ取り上げるとキリがありませんし、話せないような内容もあり、教団批判にも繋がって本来の趣旨から外れますので、この場では省略しますが、これがメシヤ様の願いである地上天国建設を進める教団なのかと疑わざるを得ないようなことばかりでした。



メシヤ教との出会いとその後

そうした時、ちょっとしたことがきっかけで、メシヤ様の御教えのほとんどを入手する事が出来ましたので、むさぼるように読みました。読めば読むほど、御教えと違う教団の活動方針が浮かび上がってきました。活動している割に御守護いただけない信者が多い原因がここにありました。教団方針に沿って活動したり、専従者の言うことを守っていても御守護いただけない原因が、メシヤ様の残された多くの御教えを拝読すれば分りました。

メシヤ様は「医学革命」と「宗教改革」を進めようとされていました。浄霊の奇蹟を通して、神の存在を人間に再認識させると共に、薬毒を知らせる、薬が病気を作るという薬禍薬害を知らせる。そして、地上天国に住する事が出来る霊の持ち主、所謂曇りの少ない人間作り、人格的に間違いない、高い魂の人間を一人でも多く造ることです。どこまでも肉体と霊体を浄め、人間を本来の姿に立ち還らせるための浄霊であり食農であります。それとは程遠い現状が教団の中にはありました。

今までいいと思ってしていた活動の間違いに気付き、それ以降、一切の活動から身を引き、御教え研鑽をさらに重ねると共に、パソコンで他の系列教団を調べたり、行けるところには足を運んで自分の目で確かめたりしました。色々な御教えを拝読したお陰で、メシヤ様が本来進められようとした御神業の中味がある程度分りましたので、人を救い導いていかせていただくにはどの教団がいいのかと探したところ、メシヤ教との出会いがありました。そして代表と話し合いを何度も重ねる中、平成23年、夫婦及び家族の入会をお許しいただきました。

そして、多くの人にメシヤ様が進められようとされた本来の御神業を知っていただきたいという思いから支部発会をお許しいただきました。そして、それ以来、支部の責任者として自らの魂の向上と高まりの中で人が許されるとの思いから、それを課題として現在に至っていますが、その間、多くの方々がメシヤ様に繋がってくることが許され、それぞれに抱えている問題や悩みについての相談を受け、その問題解決に共に取組んできました。

そうした問題の解決に当たっての拠り所は、全てメシヤ様の御教えでありました。メシヤ様の御教えに返しながらの問題解決のあり方でないと、中々前には進みませんでした。自分の考えや今までの経験に頼りすぎると、その時は成功して先に進んだように見えても、次のステップに進もうとすると、問題点が出てきて前にやったことが足枷となり前に進むことが出来ませんでした。そのことを通して、そういう問題解決の方法こそが信仰をしているように見えても、本来改善していかなくてはいけない自分自身の癖というものだと思いました。

また、人に対する接し方についても、自分の好き嫌いで対応を変えていたのでは、それが相手に伝わり人間関係を難しくする原因を自から作ってしまいます。メシヤ様御自身も人の好き嫌いはありましたが、そうしたことを言葉や態度には一切出されず、みな等しく接して救いに勤しまれておられましたので、それを鏡に、相談に来る人には誠を持って接して、問題解決を図るように務め、「ぶつかってきた人は救えという事だ」と、御教えに記されておりますのでそのように対応させていただいておりました。

そうした中、数々の御守護をメシヤ様より多くの方々に賜りまして、その方々の喜んでいる姿を見る度に、支部をお許しいただいて本当に良かったなぁと夫婦共々メシヤ様に感謝申し上げております。



今後の決意 

支部長、或いは支部長代理の本来果たすべき使命は、可能な限り、多くの人々を救い導いていくことだと思っています。その為には、相手に話し掛ける言葉が非常に大切なので、その人の抱えている問題や悩み事に対しては、まずは話を良く聞くという姿勢で接しつつ、その話の中から相手に話し掛ける言葉を選び、誠を持ってメシヤ様の御教えを拠り所に、それぞれが抱えている問題を解決に導き、そして病貧争からの脱却が図れるように教え導いてあげることが本来の使命であろうかと自覚させていただいております。

そして、そうしたことを通して入会の決意をされる人に対しては、その人の思いや願いを受け止め、健富和の生活を送ることが許されるように「誠」と「智恵」をもって、さらに具体的な指針を示してあげることが出来るように務めたいと思っています。

そしてメシヤ様の御心に叶うために、今後一層、御教えの拝読とその実践に務め、自らの資質の向上、人格の向上を目指して努力精進してまいります。

また支部の出先機関である出張所や集会所を数多く許されていくためにも、人のお世話と勉強会などを通して共に学び、人格的に優れた責任者としての資質を備えた人材を許されていきたいと思います。

今後ともそのような線に沿って、「るナ三訓」「布教三訓」の実践に努め、さらに多くの人の御救いにお使いいただきたいと思っておりますので、今後共皆さん、よろしくお願い致します。

これを今後の私の決意とさせていただきまして発表を終わらせていただきます。ありがとうございました。
2016年竣成記念大祭発表文

[本部祭典 竣成記念大祭 2016(平成28)年5月5日]
<学び>
「問題の解決に当たっての拠り所は、全てメシヤ様の御教えでありました」
御教えに精通しているからこそのお言葉だと思います。
御教え拝読にもっともっと励まさせて頂かなくては・・・・。
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タグ:教導師第三位

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