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メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

宗教に対する認識を整理 2016年5月②

楳木先生

宗教というものを考えたときに、どうしても戦後の認識とすれば、宗教団体を認識してしまいます。ISに象徴されるように、イスラム教自体は素晴らしい宗教なのですけれども、原理主義に走ってしまうと、ISを作り出すということがあります。それから今ビンラディンの子供がまた声明を発したりしているので、世界全体がまた更にテロの危機を心配せずにはおれない状況になっております。

日本は、日本の古神道が政治に利用されるようになって神道になりまして、それから、特に明治以降はですね、とりわけ神道を原理主義的にしていったために第二次世界大戦では「天皇万歳!」と言って特攻隊が死んでゆきました。実際は、「お母さん!」と言って死んでいった人が大半だったようですけれども、表向きは、「天皇万歳!」と言って、敵艦に突っ込んでいった、と。これがまさに、神道の原理主義に走ってしまったという、そういう悲劇であります。

ですから、どうしても戦後の私たちの価値観というのは、宗教というものが抱えている原理主義化を恐れていくということと、それから、宗教団体というふうに捉えていくのがありますが、本来の宗教の役割というのが見えない状態で、ほとんどの日本人が成長しております。もちろん私もその中の一人ですけれども。そうしたものを見直す機会にしていただければ、と思います。

宗教については、何故このように記述したかというと、メシヤ様の説かれている、この宗教に対する認識を、現代に当てはめてこのように整理をしてみたということであります。

というのは、三千年前・・・、本日取り上げた三内丸山遺跡というのは、だいたい三千五百年くらい前の生活状況でありますので、その頃はですね、日本人というのは薬毒に染まってなかったので、生まれてから死ぬまでの記憶を忘れずに持っていたようであります。ですから、文字というのは必要なかったのですけれども、皇室だけはその文字によって記録をとっておくということで、少数の文字を有しておりました。これが今ではホツマツタヱということで整理されている内容です。それに対して、『夜の時代』になる時に、武力が入ってきたんと、薬が一緒に入ってきたために日本人の記憶力が非常に悪くなってしまったので、それで漢字や、平仮名、カタカナを使って、日本人は記録をとるようになった。記憶力が薄まった分を文字を使って補っていたということであります。

ですから以前にもお話しましたように、安心の「安」で「あ」という平仮名を作り、以上の「以」で「い」、宇宙の「宇」で「う」、「衣」で「え」、何処其処に於いて何をやりますという「於」で「お」という字を、というふうに漢字を元々の日本の古代文字に当てはめて平仮名を作っていったということです。

カタカナは、もっとわかりやすいので、カタカナを作るときは漢字をもとにして、もっと簡単に作っていたということです。

そうして、記憶力を補う取り組みをして現代に向かっております。



集落の人たちが安全に暮らせることを第一に

楳木代表

それから、三千五百年くらい前は、この三内丸山遺跡は今の日本の地形とは違っておりまして、海岸が今よりもう少し内陸部にあったので海抜が少し高かったのですね。海の水位が高かったわけなので三内丸山遺跡に行くと、今、そこに火の見櫓(ひのみやぐら)みたいな十メートルくらいのものがたっておりますけれども、そこが灯台の役割をしていたのではないかと言われております。というのは、鎌倉幕府に例を引くと・・・、そこに出仕してきた人たちの一日の仕事ぶりを見ていくと、夜明けと共に出仕して、日が落ちるまでに家に帰らなければならないので、今の仕事形態と違って、太陽が天中に上がっている間しか仕事が出来なったということになります。太陽を中心にして一日の生活というのは組まれておりました。

それと同時に、この三内丸山遺跡を訪ねていくと、鹿を食べるためには、狩猟に出かけなければいけない。ですから、夜・・・、この時代は真っ暗ですので、命に関わることが起きてくるので様々な決まりは、狩猟に出て行く時には、日がどの角度になった時には終えて帰らなければならないという様々な決まりがありました。我々の子供の時にも、山にはおよそ十メートル位の蛇が生息しておりました。ですから、時々、祖父たちは、草刈に行った時に、かま首を持ち上げた蛇に出くわして、一目散に逃げてくるということがよくありました。

また、私も、長野県から浜松に向かう峠を渡る道のトイレで、3メートル位の蛇に出くわしましたが、ちょうどそこにあった竹箒を投げて、その隙に逃げてきたという体験がありましたが、山の中には、まだどんなものが住んでいるかということが明確には捉えられていません。海でも、今は科学的に掌握できているのはまだ20パーセントと言われております。

それくらいですから、もっと昔の縄文時代にはどんなものが住んでいたかわからないというので、「禁足の地」というのを集落ごとに設けていて、被害の報告があると、そこを「禁足の地」と決めて、集落の人々の安全をリーダーが確保しておりました。しかし、若い人の中では、本当にそんなものが住んでいるのかと立ち入っていく者もいるわけですね。そして、立ち入っていくと噛まれるので瀕死の状態で担ぎ込まれてきた時に、リーダーはすぐ処置をせずに「集落の決まりを破って、毒蛇にやられて死にかけている」と、「これは我々が決めた約束事を守らなかったからこんな状態になっている」ので、皆に「もう一度この約束事を守れるか?」と一人一人確認をして、全員が「確かにこの規則を守っていきます。」と決めた時にはじめて解毒をしていきます。

そういうふうに全員が安全に生活できるように規則というのを作って運営しておりました。それから、鯛を食べるためには・・・、4メートルの盛り土の跡がありまして、それを垂直に切って、その当時どのようなものが生ゴミとして捨てられていたかというのが展示してあります。そうすると、だいたい鯛は3キロくらいの骨がそのまま残っております。3キロくらいの鯛をお造りにして食べていたという、縄文の人たちは非常に贅沢な食生活をしていたなと思うのですけれども、鯛を釣りに行くのも、どこまでの沖までいったら、日が海のここまで傾いたら帰らないと明るいうちにたどり着かないので、それをきちんと守っているかということをやぐらの上から監視して、どうしても戻ってこない人には火を燃やして、明かりを灯して、帰って来くる目印にしていたのではないかな、と。

その集落のリーダーというのは、その集落の人たちが安全に暮らせることを第一と願って運営を執り行っていたということと、その当時の食生活を豊かなものにするために苦心をしていたということになります。

そうすると、政治家原点というのは、実はそういうところにあるわけです。その原点を忘れて政治家が動き出すと、おかしな国作りになってくるわけですので、縄文時代の生活を思い出すということは、本来政治家はどういうことを念頭において政治をしなければならないかということがわかってくるということであります。
2016年5月メシヤ講座鎌倉



現代文化の根本を見つめ直す

楳木代表

そうしたものが現代の「政治」にずっと本来は反映をしていくわけなのですけれども、この「政治」という一番根本的なところがそういう村人を安全に、そして豊かにしていくためにあるはずのものが、今の政治はどうかと照らして判断していくと、今の政治家の姿勢というものを見ていくとどういうものなのかというふうに判断をして進めていくと、この世の中は地上天国に向かっていくことができるということでありますけれども、目新しい情報としては北朝鮮では今回50何年ぶりとかいう、そういうものをやってそして独裁体制をまた築こうとしております。しかし一方では、メシヤ様は原子爆弾の出現によって戦争が淘汰されるとおっしゃっていることが、今年の5月27日にはオバマ大統領が広島を訪ねて、そして広島の地から核廃絶に対する演説をするということですので、少しずつ体制は整いつつあると言える要素が一部あります。まだ昔のまんまの『夜の時代』のそういうものを引きずっているようなことが、この世の中ではずっと続いております。その一番根本をどこに置くかということを考えていくために「宗教」というのを見直していきたい、ということで、こういうものを2章の奥座敷のトップに、この「宗教について」を考えてもらいたいということでこういう構成にしております。この機会にですね、宗教というものをいわゆる宗教団体として見るのではなくて、これは人間生活をより良いものにするために古代からどのような生活を積み重ねてきたかというものを、そういうものを見つめていける機会にしていただければ大変有難いというふうに思います。
2016年5月メシヤ講座大阪



今月は『宗教について』は 『入門と奥座敷』の47ページです
<学び>
政治家原点を思い出して政治を進めてほしいものです。
勿論、私たちも、本来の宗教の役割というのが見えない状態で成長してきました。
宗教とは何か?原点にかえって整理させていただきたいと思います。
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タグ:宗教 三内丸山遺跡 政治家 原点 古神道

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