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メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

何故インド発祥の仏教が日本に定着したのか? 2015年6月①

3000年前に素戔嗚尊が押し寄せて来て、大体10万の兵を連ねて来て、そして、伊都能売神皇様に皇位を譲れというように迫った訳なのです。伊都能売神皇様は毅然とお断りになったのですけども、日本人を人質のような取り方をして、命が、日本人の命が危ぶまれたので、それで、皇位を譲る決心を伊都能売神皇様は固めて、そして、天照天皇様にお譲りになって、急遽二十八部衆のみを連れてインドへ降って行かれたのです。それで、補陀洛山というところで結跏趺坐しているところに、まだお釈迦様が皇太子の時代に訪ねて来て、そして、伊都能売神皇様と色々問答をされました。

その、問答をされた中身は何かというと、日本の教えを、日本がズーッと守ってきた、日本人が守ってきた事を皇太子であられた悉達太子に教えました。

その教えた内容が現代に残っている形としては、まず、仏教を教えたのが日本人であるという証拠が観音様の直毛に現れているのです。そして、お釈迦様とか阿弥陀様は頭にプツプツと付いているのは、これはインド人特有の天然パーマを象徴しているために、そして、現代の21世紀を迎えた時にこの関係が分かるように仏像はそのように作られているのです。という風にまずは教えて上げてください。

「ふ~ん」、と言って、「日本の教えって一体なあに?」って、また聞くので、聞いたならば、それが今同じように形として残っているのが、ひとつは五輪塔なのです。

京都では、名のある武将の墓とかは五輪塔ですし、今、墓を、集合墓を建てると五輪塔を建てるというのがブームになっていますが、この五輪塔は空、風、火、水、地を表しています。そして日本語の母音にあたるのです。それで、「あ~」と言った時には、物事が始まるとか、そういう働きを産んできます。「い~」と発声した時には風が起こってきます。「う~」と発音した時には火が起こってきます。「え~」と言った時には水の働きが出てきます。「お~」と言った時には土地の働きが、そういう働きが出来て来るのです。その形を作り上げたのが五輪塔なのだから、その五輪塔が今に残っているということは仏教の源が日本であるということの、その証拠として、五輪塔を残してあるのです。「これが神様の仕組みとしてはひとつあるのです。」と教えてあげてください。

「それは分かったけど、日本の教えって一体なあに?」と言われた時には、伊都能売神皇様がその時に、教えた、教えの中のひとつに日本は武力でなくて、徳によって治めたのです。徳によって治める時に大切なことは何かというと、これのひとつが『道法禮節』なのです。

『道』というのは道だと。道というのは、例えば、今日も紫陽花が綺麗に生けられて人々の心を打っていますが、こういうのを勉強する時に、生け花教室に通うか、華道教室に通うかによってその人の人生は分かれて行きます。

いわゆる生け方だけの技法だけを学んでいくのと・・・、華道教室に行くと道を学んでいきますので、襖をちょっと開けたけど、襖の開け方から名のある先生は教えてくださいます。

そして、生ける時には、山月流は天地人の調和とかいうことで家族の役割などを教えます。それぞれの流派の型の中に教えを籠めて生け方を教えてくださいます。そして、最後の片付けの仕方まで教えてくださいますので、人としての道を学んで行けるのです。何事にも道があるということを分かって日本人は道を求めている人生を歩んでいるのです。それが『道』ということです。

『法』というのは炎から法というのは来ているので、炎というのは触れると熱いので触れられません。それから、犯すということもできない。ですから、この世の中には絶対に犯すことの出来ない決まり事があるのです。触れてはいけない決まり事があるのだということを日本人はずっと守っているのです。これが道法禮節の法ということなのだということです。

(先生)
それでは、『禮』は?禮は字を書けば分かる。

(先生)
うん、示編に豊。豊かさを示す。と書いて禮と読む。というのは、物質的な豊かさだけでなくて、心の豊かさだね。だから、気分の良い時には、「最近ふくよかになったね。」と言っても、「そうですか。」と言っておれますが、ちょっとイライラしていると、「ふくよかになったね」と言ったら、「それって“太った”ということですか!」と「私に対して、そんな目で見てるのですか」という風に言いかねないわけなので、やっぱり、禮を尽くすということに繋がっていきません。だから、物質的にも精神的にも豊かでないと禮を尽くすことは出来ないのです。

それから、禮節の『節』は節と書くので、節というのは、メシヤ様は竹を事例に挙げておられます。竹というものは、中は空っぽだけど、非常に強くて、しかも、しなやかなのは節があるので、そういう力強さとしなやかさを生んでいる。だから、日本人はそういう意味で節目、節目を大事にして生活を送っているのだ、と御教えくださっております。

最近では七五三とかいうのは写真を中心にしてしまっています。着物を着せて、〝写真を撮る″ということを中心に七五三をしているでしょう?

写真を残すということ、それが七五三の意味ではないわけなので、三つ子の魂百までとかというように、三歳までに教えておかないといけないことは何かということを、その家その家で決めて、それを三歳の時に話をしてあげるというのが七五三の時に一番大切なことなのです。ああいう綺麗なものを着て写真を撮るということは、親の自己満足でしかないわけで、本当は子供のためを思えば、子供にそうした事を教えていかないといけないのです。三歳の時には自分の着る物は自分で脱いだら畳むなり、洗濯籠に入れるとか、その辺に脱ぎっぱなしにしないとかいうようなことは「三歳までに出来ておかないといけないのだよ」というようなことを教えるために七五三というのはあるわけなので、そういうことを本当は写真ではなくて、教訓が必要なわけなので、そういうものを現代人は忘れているので世の中がおかしな方向へ動いているのです。

3000年前の日本はそういうことをきちんと守ってきたので、そういうことをお釈迦様が皇太子の頃教えてあげたところ、そのお釈迦様は、当時のインドというのはバラモン教で、謂わば、難行苦行によって悟りを開くということを第一義としていたので、人々が幸せになるということには程遠い状態であったこともあり、〝日本の教えをインドで広めないといけない″ということで、皇位を捨てて、皇太子の座を捨てて、そして家族を捨てて一意専心悟道に入っていって、そして全て日本の教えを習得した上で、仏教を立てたわけなのです。それをずっと話して行ったのが〝お経として残っているのだ″ということなのです。

ですから、それが日本に入ってきた時に、精神が日本の精神だったので、スーっと受け入れることが出来たのです。

まあ、そういうところまで話してあげると因縁使命が出てきます。その時に反応しなければ、その話に反応しなければ、まあ、そういう人なのだということです。

(先生)
それから、仏教というのはそういう形で日本に入って来たのですが、日本に入ってくる時に中国大陸を通って儒教とくっ付いて入って来ましたので、その儒教の形式が現在のお位牌になっているのです。というところまで仏教について触れてあげると、若い人なりに、初めて宗教というものに興味を持った人が、どうしてインドで生まれた宗教が日本にこれだけ定着したのかということの意味合いが少しは分かるのではないかと思います。それで、分かったところから、宗教に対する考え方が大分変わってくると思いますので、そういう風に導いていただきたいと思います。
メシヤ講座三重2015年6月

2015年6月の御教えは『文明の創造』宗教篇「キリスト教」342ページです
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タグ:伊都能売神皇 釈迦 五輪塔 道法禮説

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