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私達の学び 目からウロコの内容

メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

『神格をいただく道』 2016年御降臨祭①

『神格をいただく道』

それと同時に今日北川さんが報告してくれたように、『神格をいただく道』の内容を目指して毎月課題をもって取り組ませて頂いているというように話して頂いたのですが、この中に書かれている御教えの中身というのは六月から今月までずっと取り組んで参りました、元々の主神様の分御魂としての本守護霊の神性を蘇らせる取り組みを、今私は皆さん方と一緒にさせて頂いて、そして、その神性を蘇らせた時にどういう人間になるかというのが、この『神格をいただく道』の中身である訳です。しかし、この御教えに絞り込む為には私にとってかなり辛い時期があったのです。

どういう事があったのかというと、教団が紛争に陥った昭和五十八年頃からおかしなことがずっと続いたのですけれども、昭和五十九年の十月五日に当時の中村力総長中心に教団護持委員会を結成しようという事で、本部側有志職員と現場の専従者達と色々と連絡を取りながら進めて行きましたが、どうしても現場を纏めるという時に、今の方針に従わなければ、当時『おひかり』の下付をしないという事と、祖霊祭祀を一切受付けないというような様々な事を現場側に、そういう制約を課すという話があり、現場サイドとしては中々立ち上がる事が出来なかったのです。私がお預かりしていた高知県の伊野布教所というところが幸いなことに、伊野布教所の信者さん方が説明を理解してくれて教団護持委員会として立ち上がるという決意を固めて下さったので、今度は高知県全体の専従者や有識者の信者さんを伊野布教所に集めて、準備を整えて、高知県としては千三百世帯で教団護持委員会を支持するということで立ち上がった訳です。伊野布教所で何故そういう取り組みをしたかというと、当時現場で「いの一番」にやらないといけないと言ったところ、伊野布教所は選ばれたのだとみんな必死に言っていましたので、まあ、然もありなんと思った次第です。

それからは各地にやはり教団護持委員会を支持しようとする人がいっぱい出てきまして、気持ちは持っているけれど、どうして支持をして行ったら良いかわからない人が大勢いたので、その中で一番多かったのが関西地区本部でした。百五十人の専従者の方々が教団護持委員会で立ち上がりたいのだけれど、どのような事をやって行ったらいいか分からないという事だったので、本部職員と私がJR新大阪駅のすぐ近くのホテルの大会議室を借りて、そこに集まって来た百五十人の専従者の方々に話をしたことがあります。未だその時二十九歳だったのですけれども、田舎からこのような若造が訪ねて来て諸先輩方に「教団護持委員会をやる教団的意義というのを説明するのは非常に僭越ではありますが、どうか耳を傾けて頂きたい」ということでお話をして、最後に「尊い皆様の志を止めているのは、○○先生とか、当時の地区本部長、それからその次の県部長クラスが皆さん方の尊い志を抑え込んでいる。だから、これからは上の先生といえども、御教えに適ってない事については言う事を聞かないで欲しい」と。もっと言えば「その先生方が皆さん方の尊い志を抑え付けてきている。そんな教団ではこれから、メシヤ様の御心を実現していくという教団にはならないので、どうかそういう気持ちで居て頂きたい」と言ったら、「もう分った」と、まあ自分たちの上司の悪口を言われるのはちょっと抑えられなかったようで、「もうお前の言いたいことは分ったから、俺たちはやるのだからいいだろ!」とみんなからワイワイ言われたので、「そういう気持ちで在られるのであれば、白板を用意しているので、県毎に立ち上がり方の具体策を示して頂きたい。そうしてその中でどうしても分らないところがあれば、僭越ながら私がその取り組みにおいては一歩先を行っているのでお話をさせて頂きます」という事で、準備をして百五十人の方々が県毎に支持する準備を進めさせて頂いて、関西全体が立ち上がる事が出来て主之光教団の半分以上をそこが形成することになったのです。そういう事があったので、私は主之光教団の中では若い尖兵みたいに言われて、楳木に言えばどこへ行っても教団護持委員会が出来て来るので、何かあったら頼めばいいということでずっと進んできました。

それで私もいい気になっていた訳ではないのですが、ある時ですね、札幌南二条布教所というところで信者さんのご兄弟がJICAのヨルダンの事務所に勤めている人がいて、「もう直ぐ転勤になるのでヨルダンを中心に信者さん方で来たいという人があれば受け入れをするのでどうですか?」というお話を頂いたので、どうしてもエルサレムの開かずの門で〝天津祝詞と善言讃詞を奏上したい〟という気持ちが有ったので、「先ずエルサレムに案内して貰いたい」と。それから、エジプトのピラミッドを造る時にビールだけを奴隷に飲ませてその威力で石を積み上げていったので、その作業の跡を見たいという事があったので、そういう計画をして、上司を通して許可を取りました。一番トップの総長に対しては「私が直接報告しましょうか?」と言ったのですが「いや、自分たちでちゃんとやるから大丈夫だ」と言われたので、「じゃあそれでお願いします」ということで頼んで、私が一方的に親友だと思っていた人間にだけは、こういうことで向こうで天津祝詞と善言讃詞を奏上してくるので、「その日に合わせて一緒にお参りして貰いたい」と頼んだのですが、なんとその信頼していた人間が自分の上司に言って、それがトップに伝わり、それからトップから後に私の上司になる人物を通して「どうしてもエルサレムに行くなら辞表を出してから行け」という話になってしまって、急転直下私の立場が非常に悪くなって、それ以後ですね、楳木の所へ行けばどんなところでも教団護持委員会ができるという話から「あいつはいい気になっていて…」、どうのこうのという話が一挙に主之光教団に拡がっていって、私自身立場のない状況になってしまいました。一番信頼していた人間が私を結果的に陥れてしまったのです。また私が信頼していた上司が私を護るためには一切動かなかったので、このような人間に囲まれて自分は御神業というものをしているのかと非常に情けなくなった時期がありました。情けなくなったのですが、私は四歳の時に命を救われているので、『命を救われたからには私用に身体を使ってはいけない』という御教えを受けて、御用から外れて行くことになれば、「自分の命はない」と思わないといけないので、その決意で御神業から離れてはいけない。だから自分は何とか自分の想念を立て替えながら、御神業を担わせて頂きたいと思って、もう一度御論文をずっと読み直して、その中から『神格をいただく道』に絞り込んで、これを日々自分に課しながら、どんな立場になっても御神業を担わせて頂こうと決めて、絞るように選定して行った御教えがこの御教えであります。

そうしましたら、『ミクラタナの神様』が『それをさせる為にそういう辛い思いをさせたのだ』と、アッサリと言われました。(笑)。神様というのは本当に一面冷たいところがあるなあとつくづく思ったのです。どういう事かというと、御教えというのは神様の御言葉ですので、神様の御言葉を、メシヤ様を通して我々に下される訳ですけれど、人間側がそれをどのように受け止めるかという事が、実は地上天国建設ができるか、できないかの別れ道になっていくそうなのです。ですから、先達の先生方は偉大な先生方で布教もずっとされたのですが、人間としてその御教えをどのように受け止めて、その御教えを実践して行くかという取り組みが実はなかったので、地上天国建設が遅れてきている。幸いなことに楳木という人間は普通そこまでやられると、もうくしゅんとなってしまって立ち上がろうとしないのだけれども、まあなんとか心を立て直しながら進んで来てくれて、しかもこういう御教えを絞り出してくれた。この絞り出してくれた御教えを拠り所にして更に信者さん方に目指す方向というのを設定して取り組んでくれれば、地上天国を建設するということは、なんとかまだチャンスは残されている。だからそういう事を皆さん方に表明して、そして、皆さん方から、「そうだ、自分も人間としてこの地上に天国を共々に建設をさせて頂こう」という、そういう気持ちになって下さる方が増えていけば、地上天国建設が可能になる。今の段階では三月三日の記念大祭までに立場を頂いている人たちがこの神性を蘇らせる所まで到達して貰って、再来年の三月三日には次の段階の人たち、まだ繋がって来ていない人も含めて、次の方々がこの神性を蘇らせる取り組みをして行けば、その取り組みの輪によって、世界救世(メシヤ)教も復興できるし、地上天国建設の取り組みができるのだ、と。そういう有難い御垂示を頂きましたので、これから皆さんと共にそのことに取り組んで行きたいと思います。
2016年12月御降臨祭代表挨拶
<学び>
教団浄化の中でこんなことが関西であったことを知りませんでした。
教団ももっと正しい方向に進む事ができる機会だったのかも知れません。

三月三日の記念大祭までに神性を蘇らせる事が私達の課題・・・・・
どうしましょう・・・・・
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タグ:教団護持委員会 神性 御神業

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