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私達の学び 目からウロコの内容

メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

信仰は『神性』を蘇らせる! 2016年10月①

楳木代表

はい、分かりました。じゃ、先月も報告してもらったので、その後怪我をしてしまったので、怪我をして感ずる所があれば・・・。



受講者

そうなんですよね。色々考えまして“曇りがあったからこうなったんだ”という事を・・・。まぁ、色々思ったんですけど、よくよく考えてみて其処に『御神体』を頂く事に対して、主人に言わなかったんですよね。それがやはり、仏壇について主人から言われていた事が残っていたんです。心の中に・・・。それがずーっと、“今日、話さなきゃといけない”という気持ちが、モヤモヤとしてハッキリしてなかったんです。そこで、主人に「月次祭に参拝して『御神体』を申し込んで来るからね。」と、話せたんです。それでチョッと楽に、それが何時かしら・・・怪我をした後ですね。やはり“言わなきゃ、こんな事になるんだな”と、自分の心の中にあると思って・・・、ふと、その言った後で、気付いたんですけどね。話した後は、“頂くな”とも、何も言われなかったけど、怪我した後でしたが、やはり主人には、何でも話さないといけないな、と思ったんですね。



楳木代表

その出来事を、本日の御教えに照らして考えた時に・・・。



受講者

奥出雲集会所責任者が言われた、曇りがある・・・。



楳木代表

曇りの、もう一つ、奥出雲集会所責任者が言ってくれた・・・。



受講者

自分で・・・。



楳木代表

今日の御教えの中には、物質的には『五六七の世』に成っているので、『五六七の世』というのは順序正しい世の中なので、先月御神体を申し込んだ時に主人に言わずに来たというのは、私は知らなかったので・・・。



受講者

御神体を頂くという事は話してなかったので・・・。



楳木代表

それが、順序が狂っていたという、その事に気付かないといけないので、実は怪我をしたんだ、と。而も左の親指だけに包帯をしている訳なので、左の親指というと神様から非常に愛されているという事なのですね。順序を正さないといけないというのを、怪我を通して、而も包帯を左の親指に巻かせた、という事で・・・。



受講者

ズーッと“観音様(霊壇用御神体)を仏壇に”と思っていて、許されなかったから、代表先生とお話ししている時に「御神体を頂かれたら良いじゃないですか。」と言われて、ハッと思い、自分になかった決断力を・・・、反対されながら“自分自身を乗り越えよう”として決心したのが、それが間違っていたのですね。



楳木代表

五六七の世というのは、そういう所がきちんと成って行かないといけないので、だから仏壇の事を調えるとしても、これもやっぱり順序を正すために仏壇を調えて行く訳なので、そうした所を先月から今月にかけて気付いて整理して頂ければ、来月には御神体が御奉斎されるので、そういうのが整った上で御神体御奉斎が許されると本当に素晴らしい事になると思いますね。



受講者

中々主人がこっち(信仰)に向いて貰えないから、(浄霊は頂きます。)言われたんですよね、私自身が淨霊を通して「魂」というか「最終的にはそういうふうになって行く浄霊をしなさい。」と、今は寝ている時とか・・・、分かりませんが、自分の中で「課題」です。



楳木代表

その点についてはですね、六月十五日から私が口酸っぱく言っているように、「私が覚りを啓けないと信者の覚りは啓けない。」と。という事は・・・“夫が啓けないという事は、まだ自分が啓けてないのだ”と。だから“夫を何とかこっちに向いて貰いたい”と考えるのではなくて、“私がもっと高まって行かないと、夫はこちらを向かないのだ”というふうに、私の話を自分に取り入れて頂けると・・・。



受講者

合わせ鏡だからな、と言われていたんで・・・。



信仰は神性を蘇らせる!

楳木代表

奥出雲集会所責任者が一番先に入会したのが昭和30年ですね。30年からすると、もう61年信仰している訳ですよね。それで支部長代理が入って、皆さんが入って来た訳ですよね。そうすると、少なくとも60年位信仰している訳ですね。60年信仰して、その事に今、気付こうとしているのだ、というふうに考えておいて頂いた方が良いと思いますね。

「魂」という所は、それ位、今、時間が掛かっているのだ、と。それが先月学んだですね、「魂」というのは、これが「本守護霊」なので、本守護霊は神様の分霊として我々は頂いている訳なので、これが本来の『神性』ですね。先月の33ページ7行目に

『第一に宿った魂こそ本守護霊と言ひ、神性そのものであり、之こそ良心でもある。』

とあります。三千年前から『夜の時代』に入って来たので、神性が薄められているというふうに、今考えておいた方が良いと思います。本来神様の分霊だから神そのものの様な、「魂」がそういう存在な訳ですね。百八十段から一段まで霊籍はあるけれども、その中の自分は神様の御分霊を頂いている訳なので、それが魂なのです。しかし、三千年の間に物質文明をズーッと発展させる為に、この神性が薄まって来ている訳です、我々は・・・。だから薄まっているので、メシヤ様と繋がって信仰をするという事は、この神性を蘇らせるという事が実は信仰するという理由である訳で・・・。



『信者は常に魂を磨き』

楳木代表

もう一つは35ページ8行目に、
『本来魂なるものは一種の発光体であって。』

というふうに書かれております。この発光体が光を放っていれば、動物霊である副守護霊が顔を出して来ないので、だから問題を起こすような行動とか言葉も発しないので、問題が起きない訳なのですけれど、この発光体が曇って来ると、動物霊がウーッと顔を出して、好きな事を言ったり、行なったりして来る為に、問題が起きてくる訳なのです。その順序を今少し間違ったという事は、正しい事をやったのだけども、動物霊が未だ前に出ているという事なのです。順序が狂っているという事は・・・。未だ自分の発光体が弱いのだ、と。

だから、“もっともっと、自分の、この魂が輝くようにして行くのだ”という思いを持って、月次祭に来てお参りする時には、神様から『光』をスーッと入れて頂いて、魂が光って行くように、それを月次祭の大目標にして行かないと月次祭に来る意義が・・・。昔ながらの「行かないといけないから、行くわ。」とか、そういう様な程度で行くと、神様から頂く光も『そういう心掛けで来たのだったら、之くらい入れてやるわ。』という感じでしか入れてくれないのではないでしょうか。しかし“発光体を取り戻して、更に光り続ける様な光を頂きに来るのだ”という意気込みで来ると、神様の方も『お前、それだけの意気込みで来るのだったら、ウンと入れてやらないといけないな~。』と思し召す。之が、メシヤ様が『神様にも感情がある。』と仰った理由の一つですので、人間の想念次第だという事です。

来月御神体を御奉斎するのも、自分が「自立した信仰を築くのだ。」というふうに決心して御神体を頂く訳なので、それに向かって着々とした歩みを取って行かないといけないという、“今、時期なのだ”と。素晴しい時期なのです。だから、少々荒療治で、自転車で転んだりする訳なので、之は転ばしたのは、神様ではない訳・・・。之は先祖です。先祖が転ばしている訳です。「生ぬるい考え方を未だ持っているな。」と、胸の所で「早く主人に言わないといけないけど。」と、グズグズ言っているので、先祖が転ばせておいて気付かせる訳。そういうふうな仕組みになっているのだ、という事を、本日のこの五六七の世の実相』という事に、照らして考えて行くとそういう事なのだ、と。それを人間がやって行かないと霊の世界の五六七の世は来ない訳。物質的にはもう来ている。この小さいのに(USBメモリー)2万頁が入っている訳ですよね。本からするとこれ位(約100㎝)の本が入る時代になっている。そういう世の中に物質的には『五六七の世』に成っている。それにタブレットはスイッチを入れるとインターネットにもう即繋がっている訳なので、世界中の事が手に取るように、もう分かるようになっている訳なので、物質的にはそういう時代を迎えているのです。

そこで、愈々精神面が『五六七の世』に成って行くという時に、本日の御教えの、この順序が先ずは大事だというふうに、今日は教えて頂いているので、実はそういうのを本当は、60年前に入会した時に当時の支部長か教会長か、その人達が懇切丁寧に教えて行かんといけなかった。しかし、口調は強く話すのだけれども生活の所まで降ろして、皆に考えさせるような話をしてくれてないので、中々そこの所は、整ってこなかった訳です。今日までね。そして挙句の果てに世界救世(きゅうせい)教にしてしまうし、世界救世(きゅうせい)教から更に分裂を起こすような事を起こしてしまったので、だから尚更『五六七の世』の建設は、霊的な建設が出来ないまま今日に来てしまった。
2016年10月メシヤ講座出雲


今月のみ教えは;『主神様とメシヤ様』38ページ「『仏滅と五六七の世』文明の創造」です
<学び>
私たちは本来の魂である神性を蘇らせなくてはいけない。
それにはいったいどうしていったらよいのか、懇切丁寧に噛み砕き、日々の生活あり方を指し示して下さっていると思いました。
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タグ:神性 御神体 順序 五六七の世

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