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私達の学び 目からウロコの内容

メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

私達にとって肝心なこと                       2014年11月⑦

「決心」

次に308頁の10行目にですね、お釈迦様が見真実に達した時に、言われた言葉が出ております。

『儂は見真実によって分った事だが、今迄説いて来た多くの経文は、少なからず誤りがあるので、
今日以後真実を説くから、よく之によって正覚を得られよ』と仰せられたので、
『此この時からの経文きょうもんこそ仏法の真髄である事は確実で、
それが法華経二十八品ぼんと、法滅尽ほうめつじん経と、彌勒出現成就経である 処が、其その事を発見されたのが彼かの日蓮上人であって、 上人は此この発見によって他宗教義悉ことごとくは見真実以前に説かれたものであるから、真実ではない。』。


というふうに、ずーっと日蓮上人が、この事を発見して進んで行った、と。
仏法の真髄がこれであるという事ですので、そういう事を日蓮上人が知った事によって、
夜昼転換の黎明期を迎えた訳なんで、やっぱり人がその神秘を知ってその事によって夜昼転換の言わば黎明期を迎える事が出来て、而も日蓮宗のお坊さんは皆、天津祝詞を練習します。
それは何故かというと、日蓮上人は中国に渡ってお経を全巻読んで、
そしてこのお釈迦様が見真実に達した後、説かれたお経こそ真実であると、仏法の真髄であるという事を知って戻って来て、 日本の仏教は、之は間違ってるという事で改革を起こすのに、真っ先にですね、伊勢神宮にお参りに行ってます。
伊勢神宮で天津祝詞を奏上して、これから本来の仏教の改革をさせて頂きますから、お力を下さいというふうにしてお祈りして、それから故郷の千葉県に行って「一大獅子吼ししく」という事になった訳なのです。

そういう事があるんですけども、今の日蓮宗のお寺の中にはですね、天津祝詞をお稲荷さんにあげるお坊さんが多いですだから稲荷を祀ってる所が多い、それはこの事を知らないからそういう事をやってしまったという事ですね。
本来は、天照大神様を祀っておかないといかんのだけども、この真髄が分っていない為に、
そういうお坊さんが多いという事になって来ます。

それから同時に心に留めておいていただきたいことですね・・・、
メシヤ様も昭和元年に御啓示を頂いたんですけども、メシヤ様は決心するのに約6年掛けて色々試して、
そしてこの御啓示は間違いないという事で決心する事によって、『鋸山に登るように』と御指示がおありになって、
昭和6年6月15日に鋸山に登られて夜昼転換という神事をメシヤ様によって執り行った訳です。

やっぱり人の決心が夜昼転換をして行く大きな鍵になって行くという事ですから、
個々それぞれですねU田家、T家、N田家とか全ての家も“ご本人の決心によって家の夜昼転換が執り行われている”という事ですので、神界の方はずーっと転換を進めておりますけども、
現実界で進む為にはそれぞれの主あるじとか様々な決心によって変わって行くという事が、
この事によって良く分るのではないかと思いますので、
よく自分に当て嵌めて頂いて、この所は拝読をして頂ければ大変有難いというふうに思います。


「自覚」

次は312頁2行目にですね

『阿弥陀と釈迦は、夜の世界の期間の御役であったに対し、観音は昼の世界にならんとする、
其境目に観音力を揮はせ給ふのである。此経綸こそ昔印度に於て、仏法発祥の時已に誓約されたものである。』


この時誓約されたとは、一体何かというと、もう一度308頁6行目に戻って

『儂わしは今迄終生の業として仏法を創成し、一切衆生を救わんとして大いに努力を続けて来たが、
今日大仏陀から意外なる御諭しがあった。』
という事です。
この大仏陀は誰か・・・大仏陀こそ伊都能売神皇いづのめしんのう様ですね、
だから伊都能売神皇いづのめしんのう様から御諭しをされて“良く分りました、
これからそのように心掛けてさせて頂きます”というのが、お釈迦様と伊都能売神皇いづのめしんのう様の誓約がこれに当るという事ですので、
中々ここまでですね昔教えられていないので・・・然しメシヤ様が、ここでこの様に明確にお書きになったという事は、 我々がしっかりその事を自覚していかないといけないから、
この様に誓約として私達に教えて下さっているのではないかな、というふうに思いますので、
この事も次にしっかり確認をさせて頂きたいと思います。


『御位みくらい』

312頁の後ろから3行目に

『処が其その後御位みくらいが上られ、光明如来となられたので、現在は光明如来の御働きである事は信者はよく知ってゐる通りである。』
ここでは『御位みくらい』という所に注目をして頂きたいと思います。

昭和27年当時は、『光明如来様』の御働きでありましたけども、
昭和29年6月15日に『メシヤ様』という御位みくらいに上られて、
そして「メシヤ降誕仮祝典」を6月15日に執り行いました。
そしてメシヤ様は、『儂わしの事をメシヤと呼べぬ者は出て行け』と、言う位きつく仰ったんですけども・・・
約2か月後に、時の執行部によってメシヤの御名を取り下げました。
そして“今迄通り明主様」と呼びます”と「光明如来様」の働きに下げてしまいます
この御位みくらいについての認識が無い為に、御神業が思うように進んで行かないという一番大きな問題があります。

この御位に気付く事こそ昭和59年に起きた「世界救世教の浄化」なんだという、そういう認識に立っておかないと、
何時まで経っても御神業を担って行けれる、そういう教団にはなって行かないという事ですね。
御位は、ずーっと下げて来ております。
あれだけですね非常に厳しい教えをしている○○○○会も、
今酷い所は「茂吉さん」と呼んでいる人がいるそうですね、岡茂吉研究所の中では・・・。
それから○○○光教団は「岡田先生」でしょ、これ位『御位みくらい』を下げている表現はありませんので、
御位みくらいは下げれば下げる程奇蹟は出ににくなって来るので、いくら淨霊をしても奇蹟は出ないという原因は、
この御位みくらいを下げているという事に最大の原因でありますので、
この御位みくらいの認識というのをもう一度しっかり持たせて頂きたいというふうに思います。


メシヤ教「祭典」執行の予告

メシヤ教に入らなくても、皆“メシヤ様という御位に上られたのだから、
メシヤ様と御呼び申し上げないと、私達の御守護はありませんよ”というふうな、
そういう話を皆にして行って頂きたいと思います。
そして昭和30年3月3日にですね『メシヤ降誕本祝典』を執り行う御予定でありましたけども、
終に2月10日に御昇天になってしまったので、
『メシヤ降誕本祝典』は執り行われないまま、今日を迎えております。
然し○○○○会だけは、琵琶湖の(参加者に種々問われるも不明)建物を作った時に、
メシヤ降誕本祝典と呼んだんだ○○○○会は、にも拘わらずメシヤ様と未だにお呼び申し上げてない。

来年は、メシヤ降誕本祝典を執り行う予定から丁度60年になるので、
来年の3月3日は、『メシヤ降誕本祝典』祭行予定記念日として記念行事をさせて頂きたいと思います。


『お詫び』

火曜日に新潟に行った時に、新潟は元々淨霊普及会の会員でありましたので、
「野澤明一」という先生の弟子としてずーっと動いていた時に、実は御法難の時にメシヤ様は御法難に遭って、
弟子達が判らない為に御法難に遭ってしまったので、御神業から一切身を引くという話を当時教会長達にしておりました。
その時に野澤明一先生だけがお詫びに行って、
“メシヤ様の事を充分理解しなかった為と世界救世教を開教した意味を受けての御神業をさせて頂かなかった為に、
この様な不祥事が起きたので、お詫び申し上げます”というふうにお詫びしたら
『明一が詫びたから、もう一度御神業に復帰する』という事で動き始められたという、
その当時の生々しい話を新潟で聞いて参りました。
やはりメシヤ様の御神格とかメシヤ様の進められようという御神業を判らないから、
この様に御神業が停滞して来たというふうに、
もう一度私もその話を聞いてですね“猛反省をさせて頂いて”より一層、
今計画をしている事を進めさせて頂こうというふうに思いながら、新潟から動いてここまで参りましたので、
より一層メシヤ教は、そういう形で進めさせて頂きたいと思いますので、
支えて頂けますように、よろしくお願いしたいと思います。
メシヤ講座出雲2014年11月

2014年11月のメシヤ講座の御教えは『文明の創造』宗教編「霊界に於ける昼夜の転換」P305ページです。
<学び>
・正しい事にきづいたら、それを押しす進めようとする決心
・自分に間違いがあった事をキチンと自覚する
メシヤ様に御位があがられたことに気付く。気付かないといつになってもご守護いただけない
メシヤ様の御神格とかメシヤ様の進められようという御神業が判らなかった、という事にまず気付き、
お詫びし、決心して、おし進めさせていただくという、私達にとって肝心なことを具体的に学ばせて頂きました。

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タグ:日蓮上人 夜昼転換 法華経 釈迦 明主様 メシヤ 光明如来 教団浄化

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