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私達の学び 目からウロコの内容

メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

覚りには肉体の浄化が伴う。『日々の施業にも妙智を賜い眞覺を得さしめ』る事をめざしたい。  2016年10月④

八尾集会所責任者

三重支部の話が出ましたけれども、三重支部の遷座祭には以前から“行きたい”と思っておりましたが、主人の浄化もあり諦めておりました。先月○○さんに「空いているよ。」と言われたんで、また迷っておりましたが、夕方から行けると思いつき、行くことを決めさせていただきました。ありがとうございました。

どうして三重支部の遷座祭に行きたかったかと申しますと、「タイにいた時はやっぱり強くメシヤ様を求めていたけど、日本に帰って来て安心して求める力が弱くなっている。」ということを、楳木代表にチラッと言われて、“どういうことかなぁ”と自分ではよく分からなかったので、それが“分かりたい”という思いもありまして、本当にありがたいことにご参拝が許されました。
素晴らしい御参拝だったのですけれども一番頭に残ったのが、「覚りには肉体の浄化が伴う。」ということだったのですね。なぜかそれがすごく残っておりまして、帰り車の中で○○さんにも・・・。薬情をもらって、つまり薬の情報ですね、それを今いる病院で先生に薬を止めてもらうように言っておかないとリハビリに移ってからではなかなかしてもらえないよ、ということもアドバイスいただいて、私は“薬の情報なども取ってなかったなぁ”と思って早速病院に電話して薬情を取らせてもらったのです。病院へ行きましたらもう”薬情”が準備されていまして、後日主治医に聞こうと思っておりました。
主治医の先生とは入院の後最初の頃一度だけ話しただけで、その後はあまりはなしたことが在りませんでした。
それが、その日薬情を受け取って病室まで数メートルしかない距離で主治医の先生に会うのですね。そして主治医の先生から
「何を持っていらっしゃるのですか?」と声をかけられ
「薬情です。」と。
「今度先生にお話しをしたいと思っておりました。」と申しましたら、
「説明しますよ。」
と、そこで説明されてしまってね。いままで全然話してないのに、今話されるということは、“これはメシヤ様がもう私に、時間をとってその話をしても無駄だ、ということを仰っているのだな”と、私はその時思いました。

家に帰りましたら息子たちが「すごく疲れている感じだよ。」と、
「お見舞いに行くのを少し休みなさい。」
と言うのですが、次の日も行くつもりでおりました
しかし、起きて出かける準備をしているうちうに、具合悪くなってきて、三重支部に行かせてもらった次の日から39.4分前後の熱が6日ほど続きました。
私はそういう浄化をしたことがなかったので、風邪を引いても2、3日だし、初めての浄化で、“いやぁ~これは覚りの御浄化をいただいた~(笑)”と思ったりして、覚りというのも良く分かってないのに、子供にも「覚り浄化だ。」と言って、私の世話をしてくれている娘も、私がうなされて変なことを言ったりするしで、えらく悩んでいたらしいのです。
そういうふうに自分の言動には非常に間違いが多い(笑)、ということが今回の浄化を通して良く分かりました。

今までこうした浄化をしたことがなくて、高熱が6日間も続いたのでなかなか体力が戻らない、長いこと寝てしまうと体力が戻っていかないのです。主人は本当は三重支部の遷座祭の次の日にリハビリの病院に移ることになっていましたが、三重支部に到着した時に主治医の先生から「リハビリの病院に移る日が延びた。」という電話があり、だから“延びた機会に、先生に薬のことを話そう“と思っていたし、“またリハビリ病院に移った時にそのリハビリの主治医の先生に薬を使わないようにお願いしよう”と思っていたのです。だけど、そうして寝込んでいたので、私が行かない間に、主人は一度退院してリハビリ病院の方に入院し、カンファレンスも子供たちが受けて、子供たちもその時に「できるだけ薬を減らして下さい。」と言ったらしいのですけど
なかなか「受け入れ難い。」ということでした。
私の熱が下がってから、娘に
「何か覚ったか?」と聞かれ、
「私が出て行くなということだったな、ということを覚った。」と言いまして、2,3日また考えまして、娘には
「自分は、これは正しいと思ってすることは正しいこともあるし、間違っていることもある。そしてこれがまた、時期が合っている時もあるし合ってない時もある。いろんなことがあるから、思ったことをすぐにするのではなくて、いろんな状況を考えてやらなくてはいけないということを覚らしていただきました。」と言って、
子供たちからも「ちゃんと人の話を聞きなさい。」と言われたりするのだけれども、私も信仰的に考えた場合に、本当に時代というのもあるし、自分は“これは正しい”と思っても、必ずしもそれが正しいかといえば間違っていることも十分あるし、すべてにおいて自分がやろうと思ったことは、そこにメシヤ様の答えがあると思うのですね。やろうと思った時に、これはいいよ、これはあかんよというふうに、返事が出て来ると思うので、本当に愚かな自分なので、“メシヤ様の御声を聞きながら自分のしようと思ったことを、考えながら、させていただきたいな”と思いました。

御垂示録でぴったりの所がありまして、また、『善言讃詞』『日々の施業にも妙智を賜い眞覺を得さしめ』ということで、やっぱり妙智を賜り本当の覚りをいただいて、させていただかないといけないなということを思って、そのことがちょうど御垂示録に妙智のことが出ていましたので、『世界を救う、世界的な考え方を持つ』というところがあったのです。考えてみたらタイにいた時は“主人が救われたら世界が救われるかもしれない”と、強い思いでお取次ぎさせてもらっていたのです。“それが意外とポイントかなぁ?”とすごく思いました。ありがとうございました。



【同責任者からのご要望で「御垂示録4号 昭和二十六年十一月一日」の御教えを掲載させていただきます。】

【御伺い】京都で、之から土産をやるとおつしやられました、あの事をお聞きしまして、自分の事を考え、人力と神力の差をお教え戴き、有難く――

【御垂示】さつき話すのを忘れましたが、割合に肝腎な事ですね。つまり、浄霊は力を抜く程良いとしているが、あれと同じで、他の事にも共通している。一番分り易く言うと、之を欲しいと思うでしよう。欲しいが、何うしても之を自分の方に引寄せ様と思うと、来ないものでしよう。欲しい欲しいと思つた時は、必ず来ないものです。病人でも、之を治したら宣伝力もあるし、是非治したいと思うが治らない。そんな事を全然考えないで、なーに、とやつていると治る。それは、是非治したい治したと言うと、執着ですから人間の働き許り出る。そんな事を考えずに神様にお任かせしようと、執着を取るでしよう。すると神様の方から来る。人間の執着が――想念がそこにいくから、神様の方を邪魔する。病人でも、こんな病気に負けるものか、俺の精神力で治して見せると言うのは、大抵死んじゃいます。そうでなく、神様の御意の儘だ。と諦めると、助かります。だから、よくもう駄目だ。諦めなさいと言つてから、治るのが沢山あります。面倒なものは、何でも神様に任かせて了えと言うんです。そうすると、案外旨くいくんです。私なんか、始終やゝこしい事がありますが、えゝい。と、神様にお任かせする。やゝこしいのがあつて、あつちを立てればこつちが立たない。と言う場合に――お任かせすると、旨くいきます。思つたよりか旨くいく。よく、「惟神の大道」と言つてね。惟神と言う言葉は良いです。「カミナガラ」ですね。神様の思召しの儘に進んで行くと言うので、非常に良い言葉ですね。

【御伺い】あゝ言う場合に、教えて戴きますと、自分でもゆとりが出て参ります。

【御垂示】そうです。余裕――気楽になりますね。一番は金がそうです。金が欲しい欲しいと思う時は、決して入って来るものではない。もう、金なんかどっちでも良いと思うと入って来る。処が世の中の事は全て、人間の力を過信するんです。戦争なんか、こうしたら勝つだろうとか、こうして一挙にやってやろうとか、日本の戦争みたいに、色んな計画を立てゝやるのは、皆んな駄目になったですね。

【御伺い】昔、自分を偉く思って、何時もアクセクして失敗して居りましたが、あゝ言う御言葉を戴きますと自分も楽で、旨くいきます

【御垂示】楽ですよ。それも、その人があんまり依頼心が強くて怠者ではいけませんが、やる丈やつてその後ですね。人事を尽して天命を待つと言うのは、旨い言葉ですね。又、お任かせする神様ですが、力のない神様なら駄目ですが、メシヤ教の神様は絶対の力があるからね。

【御伺い】宗教迷信と申しますか、よく大光明如来様と申しますが、私などは、それよりも何事によらず明主様と申しますと、楽になります。

【御垂示】大光明如来様が私の仕事をしているんだからね。仏に化けてね。神様にお任かせすると言う事は良いんですが、神様に惚けると言うのはいけないんです。之は神様の思召しだらうと思うと、それ許りじゃ失敗して了う。そこに於て叡智と言うのが必要になる。結局に於て、一つの事に捉われてはいけない。又人間力に捉われてはいけない。凡るものを綜合調和させると言うんです。それが、一つの伊都能売の働きですね。それによつて――伊都能売と言うのは、経にあらず緯にあらず、経であり緯でありと言うので、そこに言うに言われない一つのものが出来上る訳ですね。それが一つの――仏教の方で言うと、妙智と言うんですね。

【御伺い】何事を致します時でも、神様を信仰して悪い事をすると言う事はないと思ひますが、スースーいくと言う事は、良いと思つてやるのが――。

【御垂示】いけないし、スースーいつても駄目です。何故なら、邪神にやられてもスースーいくんです。そこで叡智です。大乗ですね。小乗でスースーいくのは危ぶないんです。大乗と言うと――何うかと言うと、仮にこの人を助けると言う場合に、人間の力は限度があるから、両方助ける事が出来ない。較べてみて、どつちが大きいか考える。一番大きい事は世界人類を助けると言う事です。それで良くなれば、決して間違いはない。そこで、私は「世界人たれ」と言う論文を書いている。だから、世界中の人間が一国の人間になれば、戦争はなくなつて了う。今迄、それ程でなかつたが、之からは全て世界的にならなければならない。
2016年10月メシヤ講座大阪


今月のみ教えは;『主神様とメシヤ様』38ページ「『仏滅と五六七の世』文明の創造」です

<学び>
今回読み返してみて、私の話が非常に分かりにくいということが、よく分かりました。
色んなことがあった一月であり、私としては物心ついてから初めてのキツイ浄化を頂き、自分の至らなさを気付かされたという事を伝えたかったのです。
もっと分かりやすく話せるように、心がけます。
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タグ:浄化 覚り 妙智

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