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メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

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一番の根本は国常立尊様へのお詫び       2017年メシヤ降誕本祝典記念大祭③ 

一番の根本は国常立尊様へのお詫び

さて、また先程の話に戻りますが、昭和二十九年六月十五日にメシヤ様の御神格が先達の先生方が十分にわかっておられなかったことの理解と、もう一つは私自身が二月十六日に一定のところまで十分に達していないと神界から言われましたので私も人間的にこれだけ信者さんと共々に昨年の六月十五日から神性を磨く取り組みをしているのにそれに対して一定の線に達していないとは神様に対して非常に不遜です。不遜ですけども「これだけ努力しているのになんということを言われるのだ。」というように神様に大分反発しました。信者さんがこれだけ努力しているのに、私自身も精一杯進めさせて頂こうとしているのにそれなのにまだ一定のところまで達していないとは人間としては大不遜ですけども「何たることだ。」というように神界に反発したわけなのですけども二月の三日、四日の時にお話しましたように私たちは夜の時代のをとって昼の時代に相応しい人間になるということに取り組んできたわけでその夜の時代のを取る手法として素戔嗚尊の蛮行と瓊瓊杵尊の孫の取り組みとそれから大和民族の姿勢ということを見つめて来ました。そして三千年来の罪穢れということを見つめてそれをお詫びをさせて頂いて次の段階を迎えようと考えたわけなのですけども根本的な国常立尊へのお詫びが出来ていないというように指摘されまして、国常立尊との御教えにおける年代的な事が十分合致していないために今回、節分祭立春祭では取り上げませんでした。というように答えたのですが、一番根本的な事は国常立尊へのお詫びであると、そしてこれから裁きというのは国常立尊様がされるわけですので、この国常立尊に対するお詫びが出来ていかない限り、今取り組んでいることは十分成就しないというように御指摘を受けました。前々からのメシヤ様という御神格に対する御説明では一方では国常立尊様の裁きと、それから観音様の救いという両方のお働きをお持ちである方がメシヤ様であるというようにお取次ぎをさせて頂いて今日までまいりました。この国常立尊様に対するこの裁きの厳しさということがおそらく昭和二十九年六月十五日から二ヶ月間メシヤ様と御尊称申し上げたことを取り下げる最大の理由であったかと思います。おそらく私と同じように・・・というと自分がえらく高いように聞こえるかと思いますが、先達の先生方も厳しい御浄化に入られたことと思います。しかしその御浄化があまりにも厳しいので耐え切れなかったということと、それからそれを取り巻く信者さん方が「このように厳しい内容なのでしょうか。」と「このように厳しい内容であれば我々は受け止める事は出来ない。」というような声も随分出たのではないかと思います。

それで、御神格に対する認識の他に国常立尊様の裁きを全面に受けることが出来るかどうかということに対する心配からお取り下げをメシヤ様にお願いしたのではないかなというように推察することができます。そうかと言って今日このような話をすると、これから皆さん方に大変な浄化が起きてくるというように受け止めますとこれまた心配なことでありますけども、お生まれになってから今日まで様々な苦しい状況があったかと思います。病気だけではなくて家庭で毎日、新聞を引き破らなくては耐えられないような、そういう問題があったり、何かに八つ当たりしなければいけないような苦しいことがあったりして、そういう中で頂いた浄化というのがすべてこれからの御神業のための浄化であったと受け止めて頂いて、これからまた厳しい浄化をいただくかもしれないということではなくて、今までの人生すべてがメシヤ様の御降誕本祝典を執り行うためのそういう人生であったと受け止めて頂いて、これから進めさせて頂くことに取り組まさせて頂きたいと思います。

それでまず、六月十五日までには先程からお話しましたように、節分祭の時のお詫びに国常立尊様に対するお詫びが不足しておりましたのでそのことをしっかり自分御自身、お一人お一人見つめ直して頂いて今年の六月十五日を迎えさせて頂きたいと思います。その時に課題にしておいて頂きたいのは、

なぜ昭和二十九年六月十五日は『メシヤ降誕仮祝典』という名称にしたのか?

なぜ、メシヤ様御自身に向って御参拝させて頂いた時に、『天照皇大御神(アマテラススメラオオミカミ)様』として奉唱申し上げたのか?

これを各支部、各出張所、各集会所皆で考えて頂きたいと思います。そしてそれぞれの答えがある程度出てきて、六月十五日を迎えさせて頂きたいと思います。

神様という御存在は時期が来ていない場合は必ず先送りをして下さいますので、そしてそれが丁度良い時期というようにメシヤ様は御垂示の中で度々我々に御教え下さっておりますので、〝もうすでに遅くなってしまったなあ〟という、意味ではなくて精一杯そういう時期を目指して取り組まさせて頂きたいと思います。今年は地上天国祭の前に本部竣成記念大祭、それから十二月の御降臨祭そして来年二月三日、四日の節分祭・立春祭を執り行わせて頂いて来年の三月三日にメシヤ降誕本祝典記念大祭と言って来ましたけども来年だけはメシヤ降誕本祝典としてさせて頂きたいと思います。そしてメシヤ降誕本祝典とは一体何ぞやと言いますと、これは神界からこの地上に天国を建設するためにメシヤ様が御降誕されたことを人間側としてはどのように感謝申し上げてどのように御祝福申し上げるかということをそれまでに整えさせて頂きたいと思います。ですから昨年の十二月から始めさせて頂いた御歌の朗詠は元よりハレルヤのコーラスの全支部、全出張所、全集会所で練習をさせて頂いて祭典で大合唱させて頂きたいと思います。まず、人間としてメシヤ様にどのように感謝申し上げてそして御祝い申し上げるかということを今のこの時期から考え始めて頂きたいと思います。何度も申し上げますけども私は、人間として迂闊でした。『世界救世(メシヤ)教を復興することを神界に誓詞を捧げます。』と・・・神界から『誓詞を捧げるように』と言われましたので、これはもう元よりそのつもりで来ましたので〝当然捧げさせて頂きます〟と思って、準備を整えて十二月二十三日に誓詞を捧げたわけでありますが、こんなことが待っているとは夢にも思いませんでした。今ちょうど、誓詞を固め始めてから二十キログラム痩せました。しかし腹だけはまだ張っております。腹が張っているということは先程の大腸がんや真症胃がんと一緒で龍神が、龍神時代に様々なものを貪り食ったその曇りが今ここで精算されようとしているのだと思います。私の性格からして“龍神じゃないだろうなあ”と思っていたのですが昨日は笑われました。「これだけ頑固に進めて来た以上は龍神以外に考えられないじゃないですか。」と言われました。

論理的にズーッと積み重ねて行って信仰を立て直そうと取り組んで来ましたのでこれは大いに天狗もついているのではないかと。天狗と龍神だけは絶対無縁だと思っていたのですけども、やはり国常立尊様の前に出ていきますとこうして本性というのがさらけ出されてしまうなあというようにこれも私の恥じるところですけども、そういうことを感じながら今日を迎えております。

皆さん方が三千年間の間に様々夜の時代のを身につけて来てしまいましたけどもそれを具体的に細かく認識すればするほどその解消はスムーズに行きます。私みたいに頑固だと中々スムーズにいかないのでこれだけ痛みが伴うわけですけど、具体的にそういうことが掴むことが出来ればスムーズに行くと思いますのでそうして「自分自身はどのようにメシヤ様の御手足にならせて頂くのか」ということを整理して頂ければ有難いと思います。
2017年メシヤ降誕本祝典記念大祭

<学び>
夜の時代についた、それを具体的に細かく認識すればするほどその解消はスムーズに行くとおっしゃられています。
自分のは気付きにくいように思いますが、普段から、細かく気付くように心がけることで、見えてくる物もあるのかなと思いました。

メシヤ降誕本祝典』とは一体何ぞや?
これは神界からこの地上に天国を建設するためにメシヤ様が御降誕されたことを
・人間側としてはどのように感謝申し上げて
・どのように御祝福申し上げるか
 それまでに整えさせて頂きたいと思います。
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タグ:国常立尊 お詫び メシヤ降誕本祝典

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