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私達の学び 目からウロコの内容

メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

現実味がありすぎる!! 宗教評論家の話す”東方の光教団”について 2015年7月②

メシヤ様の御経綸と異なる仕業

東方○光教団はですね、「今は薬を飲んでもいい」ということで、それが「今の経綸だ」という言い方をしております。これは「経綸」の意味がさっぱり分からないで、本日拝読した経の経綸と緯の経綸という、この経綸の意味が分からないためにそういう表現に使っていると同時にですね、こういう使い方はメシヤ様の教えの中にですね、『プラグマチズム』という教えがありますが・・。『宗教プラグマチズムという』という御教えを拝読したことがあると思います。このプラグマチズムを最初にですね、日本に紹介した哲学者がですね、取り分け日本が軍国主義の中で、日本人を軍にずーと心を集結させるために用いた言葉があります。八紘一宇だとか、それから鬼畜米英とかというキャッチフレーズのようなものを作り上げて国民を短い言葉で集結するような方法を取りました。これがですね、実は学者からすると「御守り言葉」と言われております。その言葉を唱えてれば安心できる、だから自分達も第一次世界大戦、第二次世界大戦に協力していくのだという・・。そういうふうに使った言葉の使い方があります。

今東方○光教団が陥っているのは、そういう軍部が使った言葉遣いを今、信者に使ってですね、少しでも「今の方針はおかしいのじゃないですか?」と言った時には、「今の経綸はこれなのだ」ということで、みんなを納得させるような方向に導いております。実は「メシヤ様がなぜ宗教プラグマチズムというのを御教えで説いたか?」ということすら分からない指導者達がですね、教団を引っ張って行ってしまっているということになっています。そういうことをメシヤ様が指摘するためにプラグマチズムというのを引用されてですね、御教えに説いたにも拘わらず、その弟子達がその教えを・・なぜメシヤ様がこういうものを書いたのかということが分からないためにおかしな方向にみんなを導いてしまっているということですので、六月十五日の地上天国祭の時には、今までは○○教団というふうに起用してきましたけれども、もうそんな悠長なことを言っておれないので、地上天国祭の挨拶だけは、東方○光教団の間違いとい○○め教団の間違いと、それから主○光教団の間違いを、名指しで今回は批判を加えて、そしてみんながメシヤ様の下にですね、直結して、そして御守護に溢れる生活を営むことができるような方向に進んでいただきたい、ということで、挨拶をしていこうと考えております。あまりにもですね、信者さん方が、メシヤ様の信仰をしているはずなのに、教団の方針とか間違った指導の仕方のために御守護をいただききれていない方々があまりにも増えていますので、そうしたことを是正していく方向に進めていきたいな、と思います。

というのは主○光教団が今度『大光明』という御神体に変えることに・・・(深刻な内容ですが割愛します。)

そういう意味ではですね、ここで学んでいる仏教のこととキリスト教のこと経と緯の経綸というのが、しっかり入っておかないと地上天国建設という御用には進むことはできないので、もうあともう少しですので、これだけのところをしっかり勉強させていただいて、メシヤ様が21世紀に地上天国を建設するための設計書として書かれたものがこの『文明の創造』ですから、この設計書を私達の頭の中にしっかり入れていくように、そういうふうにしていただきたいと思います。
2015年6月メシヤ講座大阪



本部メシヤ講座2015年6月の一部を掲載します。
宗教評論家の方から、楳木代表に寄せられた内容の一部と御教え「プラグマチズム」です。





宗教評論家からの資料】

哲学者、鶴見俊輔の論文『言葉のお守り的使用法』について

 鶴見俊輔は、1922年生まれ、現在93歳。16歳でハーヴァード大学入学、当時ハーヴァード大学講師の都留重人からプラグマティズムを学ぶ事を勧められる。飛び級して19歳でハーヴァード卒業。日本に初めてプラグマティズムを紹介した哲学者。以下は鶴見俊輔の論文からの抜粋です。

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 言葉のお守り的使用法とは、擬似主張的使用法の一種であり、意味がよく分からずに言葉を使う習慣のひとつである。

 軍隊、学校、公共団体に於ける挨拶や、訓示の中には必ずこれらの言葉が入っている。

 「鬼畜米英」「八紘一宇」「国体」等がお守り言葉にあたる。

 大量のお守り言葉を国民に向かって繰り返し、国のやり方を正当化して国民を異常な行動に導く。

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 上記が鶴見俊輔の論文の一節です。この論文を見た時、東方之光教団の出す「御経綸」とリンクしてしまいました。

 ⇒教団はお守り言葉を使い、教団の企画を「御経綸」とすり替えて正当化し、正しいメシヤ様の教えを伝えていない

 教団は、型と順序、個と家の完成、万人の医療者、三大事業、転換と向上、本筋の御神業、まちづくり等の大量のお守り言葉を信者に向かって繰り返し、教団のやり方を正当化して信者を異常な行動へと導いている。

 これは、戦争中の大本営のやり方と共通しているように感じてならない。(中略)引き続き論文の抜粋です。

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 人々がこのお守り言葉から解き放たれる為には、毎日使い慣れたわかりやすい言葉で語る事が大切である

 人民は日露戦争以後ずっと黙っていた。中国に対する侵略も支持していた・・・そして結局負けた。この時一体何を記憶していたのか?それが問題。アメリカに負けて、一体どういうふうに、人民の記憶に残っているのか?それを知るのが「生きた」歴史を学ぶという事。

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 ⇒昭和25年の御法難から始まり、その後の一元化紛争、昭和58年の教団浄化を知る専従者、信者にも同じような事が当てはまると思います。これらの事件当時の専従者や、信者はそれぞれの立場で一体何を記憶していたのか?

 それを正確に知った上でなければ改革はできないと思います。

 現在40代の専従者(41歳~49歳)は、32年前の教団浄化が起きた昭和58年当時は、8歳から17歳でした。その親の世代(現在60~70代)も子育ての真っ最中で教団浄化の事を正しく理解している方は皆無に等しいのが実際のところです。今日の専従者は、一連の過去の教団が起こした事件について何も知りません。又知ろうともしません。過去の教団紛争についてこの年代(現在40代の)専従者に聞いても、「そんな事はどうでもいい!」という言葉が返ってきます。これは山田先生の徹底したご指導の賜物なのでしょうか?(苦笑)

 教団紛争の当事者である現教団執行部に飼い慣らされた過去を知らない専従者が改革を訴えたところで、一体何を改革するつもりなのでしょうか?何も知らない専従者が改革なんかできるはずありません。というか、「改革」もお守り言葉にされてしまい、「改革」という言葉を繰り返すことで信者が過去の教団の過ちから目をそらすよう仕向けているのかとも見えます。

 映画監督伊丹万作(1900年1月2日~1946年9月21日没・伊丹十三の父で、大江健三郎の義父)は先の戦争について以下のような言葉を残しています。

 『多くの人が今度の戦争で騙されたという。しかし、いくら騙す者がいても誰一人騙される者がいなかったとしたら、今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。

 「騙されていた」と言って平気でいられる国民ならおそらく今後も何度でも騙されるだろう。

 いや、現在でも既に別の嘘によって騙され始めているに違いないのである。』

 この言葉も鋭いものがあります。

 昭和25年の御法難を知る方は少なくなりましたが、一元化紛争、教団浄化を経て今日も信者を続けていられる方は沢山いらっしゃいます。

 そのような信者の方全てに当てはまるとは言えないかもしれないですが、当時を知らない私からすれば、上記の言葉は現在まで信者であり続ける多数の人々に当てはまるように思います。この言葉を初めて知った時、これは教団信者の事を言っているのかと思った程です。

 MOAの専従者や信者を見ていて思うことは、「経綸」という言葉で自分の行動を正当化する癖がついているように見えます。これは『夜の時代』に身に付いた癖の上に、教団によって新たに付けられた癖のように思います。

 「経綸」という言葉だけなら、教団のウソを見抜いて離れていく信者もいますが、何十年も信仰していて、不慮の事故や、突然死、長期間に渡る精神浄化、莫大な金額の金銭浄化等が起きても、「全てこれは明主様がされている。だから正しい。」と言われたら、その言葉で全てが正当化されてしまい、ウソに引っかかってしまっていると気づかない純粋な信者がいるのが現状です。(中略)

 先の戦争についての過去の資料を集めて分析していく作業を通して気付いた事は、『歴史は繰り返す。』という言葉の重みを今ほど強く感じた事はありません。

 メシヤ様は、御講話の中でも世界情勢に関して、

 『われわれとしては大いに関心を持たねばならぬ。観音運動は病貧争をなくすんだと言って暢気に仙人然としていてはいけない。』(昭和10年8月21日 御講話)

 『世界の情勢ですが、これは非常に関心を持たねばなりません…』(昭和10年12月11日 御講話)

と満州事変以降、日本が戦争へと暴走を始めていた時代に世界情勢や社会の動きに関心を持つようにと話されています。

 最近の東方之光のご面会では、統合医療とまちづくりの話題ばかりで、理事長は国内外で起きている自然災害や紛争について全く話をされないのは違和感を感じますが、これに対し東方之光信者は一体何を考え、何を思って理事長のお話を聞いているのでしょうか?

 大半の信者が、山田先生のご指導の通り「そんなことはどうでもいい。我々はメシヤたる明主様の元で世界経綸の中心にいる! 世界人類を救うのは我々東方之光なのだ!」などと本気で思っていられるとしたら、これは悲劇なのか、喜劇なのか?

 ある信者の方に「時代に取り残されているのでは?」と警告を試みた事がありますが、こちらの話を全く理解していただけませんでした 。そして「そんなことはどうでもいい!」という言葉が返って来ました。(後略)





メシヤ様 御教え『プラグマチズム』(昭和二十四年一月二十五日)

  私は若い頃哲学が好きであった。そうして諸々の学説の中、最も心を引かれたのは彼の有名な米国の哲学者ウィリアム・ジェームズのプラグマチズムである。先づ日本語に訳せば哲学行為主義とでもいうのであろう。それはジェームズによれば、唯だ哲学の理論を説くだけであっては一種の遊戯でしかない。宜しく哲学を行為に表わすべきで、それによって価値があるというのである。全く現実的で米国の哲学者らしい処が面白いと思う。私は之に共鳴して、其当時哲学を私の仕事や日常生活の上にまで織込むべく努めたものであった。その為プラグマチズムの恩恵を受けた事は鮮少ではなかった。

 私は其後宗教を信ずるに至って、此哲学行為主義をして宗教にまで及ぼさなくてはならないと思うようになった、即ち宗教行為主義である。宗教を凡てに採入れる事によって如何に大なる恩恵を受けるかを想像する結果として、斯ういう事が考えられる。先づ政治家であれば第一不正を行はない、利己のない真に民衆の為の政治を行うから民衆から信頼をうけ、政治の運営は滑らかに行く、実業家にあっては誠意を以て事業経営に当るから信用が厚く、愛を以て部下に接するから部下は忠実に仕事をする為堅実な発展を遂げる。教育家は確固たる信念を以て教育に当るから生徒から尊敬を受け、感化力が大きい。官吏や会社員は信仰心がある以上立派な成績が挙り、地位は向上する。芸術家はその作品に高い香りと霊感的力を発揮し、世人によき感化を与える。芸能家は信仰が中心にあるから品位あり、観客は高い情操を養ひ、良き感化を受ける、といっても固苦しい教科書的ではない、私のいうのは大いに笑わせ、大いに愉快にし、興味満点でなくてはならない。其他如何なる職業や境遇にある人と雖も、宗教を行為に表わす事によってその人の運命を良くし、社会に貢献する処大であるかは想像に難からない。茲で私は注意したい事がある。それは宗教行為主義を実行の場合、味噌の味噌臭きはいけないと同様に宗教信者の宗教臭きは顰蹙に価する。特に熱心な信者にして然りである。世間よく信仰を鼻の先へブラ下げてゐるような人がある。之を第三者から見る時一種の不快を感ずるものであるから、理想的にいえば、些かの宗教臭さもなく普通人と少しも変らない、唯だその言行が実に立派で、親切で、人に好感を与えるというようでなければならない。一口にいえばアク抜けのした信仰でありたい、泥臭い信仰ではいけない。世間或る種の信者などは熱心のあまり精神病者かと疑わるる程の者さえあるが、此の種の信者に限って極端に主観的で家庭を暗くし、隣人の迷惑など一向意に介しないという訳で、世人からその宗教を疑わるる結果となるが、之等は指導者に責任があり大いに注意すべきであると思う。
(文字起こし御用を担った濵口三重支部支部長代理が『岡田茂吉全集』から引用。そのため昭和23年9月5日発表とする資料とは日付が異なります。)

本部メシヤ講座2015年6月

2015年6月の御教えは『文明の創造』宗教篇「キリスト教」342ページです
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タグ: 教団浄化 経綸 宗教改革 プラグマチズム 神格

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