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私達の学び 目からウロコの内容

メシヤ教の楳木代表が各支部で毎月開催されたメシヤ講座の主要点を掲載

「伊都能売観音」様入仏記念式典の意義  2008年10月①

行事の意義の再認識

 そこで、本日の式典の意義というものを見つめさせていただきますと、由来の再確認ということがあります。

 奥の洞窟の三十三体の観音像とも関係することですが、厳しい自然の前に犠牲者の絶えなかった工事で苦心していた地崎宇三郎氏が観音様の御力徳を耳にして、昭和10年1月7日に「伊都能売観音」様の御下付お願いに来られた、と記録にあります。メシヤ様は承諾をしてから十月十日後の同年10月17日に御下付されております。それから、津軽海峡を渡りまして10月26日に当観音堂で入仏式が執り行われ、ご奉斎されたのです。

 「伊都能売観音」様は“十月十日”という不思議な数字の月日をかけて御下付されて、ここへお鎮まりになられ、今もなお私達の御前に存在され続けております。
 “十月十日”という数字では、お腹帯に『伊都能売之神』というご神名を御揮毫になられていることが脳裏に浮かびます。それに関連することで、こちらへ向かう航空機の中で、感動的な記事を読みました。

 産経新聞(10月24日付)に紹介されていた産科医の吉村正氏の話です。「産科医不足など、お産の危機が問題視されるなか“医療だけの問題ではなく、日本人の生活文化の問題として、お産について考え直す必要がある”と訴える」と紹介されていました。氏はほとんど医療行為をせず、妊婦さん自身の力で自然なお産ができるように介助することを心掛けているそうです。

 ご本人のコメントを一部引用します。

 「特に印象に残っている妊婦がいます。その方は妊娠4ヶ月で、おなかの赤ちゃんは脳のない無脳児であることが分かっていました。医師も家族も中絶を勧めたのですが、その方は“子供の命を絶つことはできない”と生むことを主張しました。どこの病院でも断られ、私の医院を訪ねてこられました。当院では赤ちゃんを産む母親の意志を尊重しますから、お引き受けしました。

 彼女はほかの妊婦さんと同様に体力づくりに精を出し、おなかの中で子供を育て、出産しました。赤ちゃんは元気な産声をあげ母乳も口に含みました。しばらくして、自然と呼吸が止まり、亡くなりました。

 そこには、短かったけれども、確かに人の一生がありました。私は、その子に一生を全うさせようとした選択に、理屈を超えた母親の本能を感じられた。」

 身に染む内容でした。今月映画「おくりびと」のところでも触れましたが、現代人は生の瞬間と死の瞬間に立ち会えなくなっております。そのために人生の不思議さや素晴らしさ、美しさに出会う機会が減少し、本来の人間性を喪失しつつあると言われております。そうしたことが起因の一つとなり、昨今忌まわしい事件が続いております。目を覆いたくなる報道を耳目にすると、二年前の4月26日にこの場でいただいた「神界通信」の重要性を思い知らされます。

 「伊都能売観音」様を御揮毫になられたメシヤ様の大愛の下、学びを共有しつつ力を合わせて御神業を推進させていただきましょう
200810月年メシヤ講座特選集
今月のみ教も上記特遷集に掲載されいます

<学び>
何故、 「伊都能売観音」様は“十月十日”という不思議な数字の月日をかけて御下付されたのでしょう・・・・?
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タグ:伊都能売神皇 お産

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